「西表島回想録 ダイシ図鑑」(編・著:小松拓実 写真:法師人響)の書評と感想
はじめに
2025年9月16日、竹富町自然環境保護条例が改正され、採集禁止種のリストにヤエヤママルバネクワガタとチャイロマルバネクワガタが加わった。 マルバネクワガタ採集の愛好家にとって、竹富町が管轄する西表島は「最後の楽園」だった。その楽園が失われたのだ。 1996年のウケジママルバネクワガタ瀬戸内町天然記念物指定から始まった日本産マルバネクワガタ属の採集規制は、約30年の時を経て、ついに完遂された。
採集圧を懸念していた保全関係者や、採集者の異様な増加に伴うトラブルに悩まされていた地元の一部の方々は、ようやく胸をなでおろしたことだろう。 一方、マルバネクワガタの採集に取り憑かれていた愛好家たちは、行き場のない喪失感に苦しむ日々を送っているのではなかろうか。
先ほど私は、西表島を「最後の楽園」と表現した。私や私より上の世代のマルバネクワガタ愛好家は、他の島々での採集が合法だった時代も経験できたからだ。 しかし、私より少し下の世代の愛好家にとって、この島はもっと重い存在のはずだ。彼らが自由に南の島を旅することができる年齢になった頃には、もうこの島しか残されていなかったからだ。 彼らにとって西表島は「唯一の楽園」だった。
そんな彼らがこの島で過ごした日々の全てが詰め込まれた本「西表島回想録 ダイシ図鑑」が先日出版された。 編著者はヤエヤママルバネクワガタの野外レコードホルダーである小松拓実、写真担当は新進気鋭の昆虫写真家としてテレビでもおなじみの法師人響だ。さらに、この二人と同様に西表島が「唯一の楽園」だった11人の若者たちが、標本提供者や採集記の寄稿者として名を連ねている。 いわゆる自費出版で、BASEという通販サイトから購入できる。
購入サイトはこちら https://daishizukan.base.shop/items/135597167
本書は、野外レコード個体 69.6 mm を筆頭とした西表島産ヤエヤママルバネクワガタの多数の大型個体からなる原寸大標本プレート、様々なデータがまとめられた付録、西表島で撮影された写真のギャラリー、そして採集記から構成される。 詳しくは上記購入サイトから目次をご覧いただきたい。
私はここ6年ほど、インターネット上でマルバネクワガタについて口にすることを避けていた。 「最後の楽園」となった西表島への採集者の集中に加担してしまうのが怖かったことが主な理由だ。また、琉球列島の甲虫相解明を目的とした調査的な採集を主軸としている身で、そこに全く寄与しないマルバネクワガタのスポーツ的な採集に関心があることは、なるべく人に知られない方が無難だという打算もあった。だが、日本産マルバネクワガタ属全種の採集が規制された今となっては、無理に隠すことはあるまい。
私より5歳ほど年下の彼ら「西表世代」が、若き日々の全てを賭して作り上げたこの本に敬意を表し、書評とごく個人的な感想をここに記そうと思う。
書評
「虫屋」という言葉がある。ここでいう「屋」とは、虫で商売していることを意味しない。「八百屋」ではなく「走り屋」的な用法だと言えば分かりやすいだろうか。 厳密な定義のある言葉ではないが、趣味として昆虫を採集し標本を作る人々を指して使われることが多い。広義には、標本を作らずに撮影や飼育を楽しむ人々も含めることがある。私も虫屋のひとりだ。
故・青木淳一博士は、プロの分類学者としてササラダニの研究に大きく貢献し、晩年はアマチュアとしてホソカタムシの分類にも取り組んだ偉大な研究者かつ虫屋だ。青木博士は著書「むし学」の中で、虫屋について「虫などにうつつを抜かしているどうしようもない奴」と、茶目っ気たっぷりに自虐的な定義を示した(青木、2011)。 私はこの定義が気に入っており、虫屋という言葉を紹介する機会がある度に引用させてもらっている。その一方で、偉大な青木博士の言葉に対してこのようなことを申し上げるのは大変恐れ多いのだが、この定義には微かな欺瞞が隠れているとも思う。なぜなら、多くの虫屋、特に青木博士が虫屋として挙げるであろう人々は、なんらかの形で昆虫の研究に貢献しており、自虐の裏には、自分たちの趣味が決して取るに足らない非生産的なものではないという誇りがあるように見えるからだ。
虫屋は関心のある分類群によってチョウ屋、直翅屋、甲虫屋といった具合に分かれる。甲虫屋の場合は、さらにカミキリ屋やオサムシ屋などに細分化される。 いずれにせよ、虫屋の大半は関心のある分類群のなるべく多くの種を集めたいという利己的な欲求を原動力にしながらも、いわゆる新種の発見や地域ファウナの調査など、学術的な意義を持ち社会的に認められる活動に昇華している。
そんな虫屋の中で特異な存在がいる。クワガタ屋だ。
もちろん、クワガタ屋も上記のような活動に取り組んではいるが、それが主たる関心事ではない者が多い。彼らの世界には、他の虫屋コミュニティには無い強烈な評価指標があるからだ。それは、サイズである。
彼らは、自らが特に強い関心を持つ種の野外産最大体長記録を、ほんの0.1 mm でもいいから更新しようと情熱を燃やす。種の体長の最大記録に学術的な意義が全くないわけではなかろうが、小型種でも10 mm を超える大型の甲虫であるクワガタの体長の最大記録が0.1 mm 更新されたところで、その学術的価値は極めて低いだろう。彼らの努力が社会に認められることは、全く期待できない。野外で採集されたクワガタ各種の体長の最大記録、彼らの言葉で「野外レコード」と称される栄光は、同好の士にしか評価されない。
コレクション性と学術的知見に重きを置くオールドスクールな虫屋の世界では、種数が少なく収集対象としての面白みに欠けており新種の発見も期待できない日本産クワガタの人気は意外なほど低く、クワガタ屋は亜流と言ってよい存在だ。
しかしながら、「もっと大きなクワガタが採りたい」という何の生産性もない子供じみた欲求に突き動かされる彼らこそ、虫屋の亜流でありながら、青木博士による虫屋の定義を最も高い純度で体現しているのではなかろうか。
「西表島回想録 ダイシ図鑑」は、ヤエヤママルバネクワガタの野外レコードを更新することに若さという限りある資源を惜しみなく捧げた「どうしようもない」クワガタ屋たちの足跡である。
本書の標本プレートには、編著者である小松が採集した野外レコード個体をはじめ、12名の若手クワガタ屋たちが採集した大型の♂個体が12ページにも渡ってこれでもかと並ぶ。一つの島から採れた一種の虫のためだけに、ここまでのページを費やした図鑑は珍しい。 一般に、図鑑のプレートに同種の標本を複数並べる目的は、個体変異の幅や産地による違いを示して同定の一助とすることだ。しかし、本書のプレートに示された標本のほとんどは62 mm 以上の大型の♂個体であり、小型の♂や♀については、思い出の個体や特異な個体が少数示されるのみである。極めて均質なのだ。では、このプレートの価値はどこにあるのか。それは、本書のまえがきに太字で記された「デカいマルバネはカッコいい!!!!!!!」という一文でシンプルに説明できる。
そう、デカいマルバネは、デカいヤエヤママルバネクワガタはカッコいいのだ。前胸背板の厚みとディンプルは格闘家の鍛え上げられた筋肉を想起させ、荒々しい力強さを見せるが、釉薬を塗られたような溜色によって繊細さも併せ持っている。そして、「ダイシ」にのみ許されたうねるような縦角は個体差が顕著であり、どれひとつとして同じものはない。いや、縦角だけではない。眼縁突起の発達具合、前胸の太さとディンプルの深さ、腹部の太さと長さ、体の厚みなどの様々な要素とそのバランスは、個体によって大きく異なる。同じ島で採られた同じ種の大型個体ばかりが並ぶ一見均質なプレートだが、そこには確かに豊かな多様性があるのだ。
そして、残酷なことだが、クワガタ屋にとって個体差は横並びの個性ではない。「体長」という絶対的な指標によって序列が生まれ、さらに好みの問題で片付けられない圧倒的な「カッコよさ」によっても評価される。 特別枠の出てくる11プレート目以降を除き、本書では1プレート目の左上から大きい順に標本が並べられ、1から順に番号が付与される。 1プレート目に入った標本は、全て65 mm を超える特大クラスである。ほとんどの採集者は、この1プレート目に入る個体を手にすることなく規制の日を迎えたはずだ。しかし、この中にあってもなお、左上の2頭は異彩を放っている。
ひとつは標本番号2番、満保直彦が2022年に採集し、西表島産本種の最大記録を30年ぶりに更新した68.7 mm の個体。他の追随を許さぬ凄まじい迫力を持つこの個体は、その特徴的な第二縦角によって「マンポ型」という新たな概念さえ作り出した。本種の形について人それぞれ好みはあるだろうが、この個体のカッコよさは誰もが認めざるを得ないだろう。
もうひとつは標本番号1番、小松拓実が2023年に採集し、本種の野外レコードを21年ぶりに更新した69.6 mm の個体。あまりにも大きなこの個体の前では、65 mm 級の個体でさえ小ぶりに見えてしまう。サイズという絶対的な評価指標において頂点に立ち、一切の言い訳を許さない「王」として君臨する。採集が規制された今となっては、もう誰も超えることができない壁だ。標本番号の通り、1番なのだ。
この2頭が同時に図示されたのは本書が初となる。あまりにも贅沢なプレートだ。
本種の繊細な色合いと質感を背面からの標本写真で表現する難しさは、一度でも撮影を試みた者は皆知るところである。ギラギラとした光沢はなく、かといって艶消しというわけでもない。微かな透明感のある独特の艶は、そのままカメラに収まってくれない。 プロの昆虫写真家として数多くの書籍やテレビ番組で実績を上げてきた法師人でさえ、本種の撮影には苦心したようだ。 それでも、彼の卓越した撮影技術は、本種の美しさを克明に残すことに成功した。
本書のために集められた多数の標本は、体の各部位について体長を含む計8項目が0.1 mm 単位で計測され、さらにその値に基づく8つの指標が示された。これらの数値は、図示された全個体を対象とした長大な表にまとめられた。計測に多大な労力を要したことは想像に難くない。おそらく大半の読者が細部まで目を通さないであろうこの表にこそ、本書らしさが凝縮されていると私は思う。
さらに、これらの測定値と指標に基づくいくつかの面白い試みがなされているが、内容についてはここでは触れないでおく。実際に本書を手にとって楽しんでほしい。
標本プレートの全個体をゆっくりと眺め、採集記のページに差し掛かる頃には、著者らが何故「どうしようもない奴」になったのかは自明に感じることだろう。デカいヤエヤママルバネクワガタはカッコいいのだ。真っ当な審美眼を持っていれば、そりゃあ夢中になるに決まっている。本書を称賛する意図で著者らを狂人と呼ぶ評をいくつか目にしたが、私に言わせれば彼らは決して狂人ではない。狂人ならばもっとくだらないモノに熱中しているはずだ。彼らは正気だからこそ、ヤエヤママルバネクワガタに取り憑かれてしまったのだ。何も不思議なことではない。こんなにもカッコいい虫なのだから。
丁寧に採集記を読んでいると、一見イキの良い脳筋系の若者に見える彼らの抱える懊悩が見えてくる。より大きな、よりカッコいい個体を求める終わりのない競争に勝ったところで、クワガタ屋以外は誰も褒めてくれない。彼らは正気だからこそ、社会生活に悩み、卑屈になることと開き直ることを繰り返し、人と比べ、自意識の渦に飲み込まれる。
彼らがこの虫に費やした労力、退学や退職などの決断を知ると、やはり馬鹿か狂人に見えてしまう。だが、違うのだ。彼らは決して馬鹿でも狂人でもないのだ。正気だからこそ、時に彼らが下す一般的には愚かな決断に、重みが宿るのだ。
拗れた話から始めてしまったが、この虫を追う時間の全てが苦しいわけではない。汗と泥にまみれて下山した彼らの眼前に広がる明け方の空の美しさは、この採集の経験者なら思い当たることもあるだろう。 そして、孤独な採集だけが、彼らがこの島で過ごした時間の全てではない。 彼らの採集記には何度も「民宿やまねこ」が登場する。貧乏な若者の味方として知られる大原の素朴な宿だ。この宿を舞台に、彼らは語らい、成果を見せ合い、時に誰かに嫉妬し、時に誰かを称え、また嫉妬し、大雨が降れば酒を酌み交わす。 中高生の頃のような、社会にパッケージングされたコマーシャルじみた青春ではない。大人である彼らが、自らの意思で選び取った道で、自然に生まれた青春だ。
彼らが書き残した苦悩と煌めきは、思春期の中学生のそれとよく似ている。小松にはその自覚があるようで、彼の採集記は「思秋期病」と題されている。ヤエヤママルバネクワガタの成虫は秋に発生するからだ。 思春期の中学生が、自らを客観的に分析し、まともな文章として書き残すことは難しい。仮にできたとしても世に出ることはなく、やがて恥ずかしい思い出としてノートを燃やしてしまうことだろう。だが、彼らは未熟な中学生ではない。自らを客観視し、思考を書き残す文章力を持つ青年なのだ。彼らは大人でありながら、ヤエヤママルバネクワガタに囚われてしまい、二度目の思春期、いや思秋期を迎えた。そして、青年の力で、思春期の主観を克明に書き残すことができたのだ。思春期の目線に立った小説は星の数ほどあるが、それらのほとんどは、とうに思春期を卒業した大人が曖昧な記憶を頼りに創作したものだろう。彼らの採集記は違う。彼らはほんの1年前まで、思秋期のただ中にいたのだから。
本書の読者には、この採集の経験者も多いことだろう。採集記やギャラリーの写真には、見覚えのある風景もあるはずだ。そして、採集記に書き残された著者らの思秋期に、自らのそれが重なるはずだ。 どこまでこの採集に没頭し成果を上げられたかは、人それぞれだろう。馴染みの宿や行きつけの飯屋もまた然りだ。 それでも、同じ時代に同じ島で、同じ虫を求める時間を過ごしたことは確かだ。同じものを他者の目を通して見ると、時に自らが残した日記や写真よりも強烈に記憶を呼び覚ますことがある。
匂いは記憶と結びついている、と何かの本で読んだことがある。そこに科学的な裏付けがあるのかは知らないが、私はこれをなんとなく信じている。街を歩いていて、ふと流れてきた匂いに、何かを思い出した経験のある人は少なくないだろう。本書には、逆に写真と文章から匂いを思い出させる力がある。宿に帰って靴下を下ろしたときのふやけた肌の匂い、入山直前に降り始めた憎い雨の匂い、そしてスダジイのフレーク溜まりの少しツンとした甘い匂い。思い出した匂いが呼び水となり、西表島で過ごした日々の記憶を鮮やかに蘇らせてくれる。
著者らの情熱、落胆、嫉妬、卑下、悲しみ、喜び、そして西表島でヤエヤママルバネクワガタを採る営みへのどうしようもない愛着。これら全てが詰まった採集記を読み終え、著者紹介のページを過ぎると、法師人による「大歯本の撮影にあたっての覚書」に辿り着く。標本プレートを作成するために悪戦苦闘した日々が、どこか充実感のある言葉で綴られている。小松と法師人にとって、本書が完成するまでは、西表島のヤエヤママルバネクワガタを追う日々は終わっていなかったのだろう。
最後のページは、西表島を離れる船から撮影された写真だ。青空の下で、船尾から伸びる引き波に、著者らの後ろ髪を引かれる思いと別れの決意が垣間見える。ひとつのことをやり切った著者らの前途が洋々たるものであることを祈り、書評を終えることにする。
感想
どこか他人事のような口調で書評を書いてみたが、ここからはほとんど自分語りのような感想を書き殴る。
私もまた、マルバネクワガタに惹かれた虫屋のひとりだ。本書の採集記に何箇所か登場するF氏とは、私のことだ。
2013年、当時は合法だったオキナワマルバネクワガタの採集を皮切りにマルバネに目覚め、2015年には初めて西表島を訪れてヤエヤママルバネクワガタを採集し、最後の年となった2024年まで、ほぼ毎年秋にこの島を訪れていた。2020年と2021年はコロナ禍により自粛したため、計8シーズンを経験したことになる。
だが、私がこの島で過ごした日々は、本書の著者たちより遥かに薄いものだった。私はいつも、日数の捻出や現地での行動において最大限の努力をしてこなかった。何事も中途半端で、すぐに手を抜いてしまう性分なのだ。運に恵まれることもなく、納得のいく成果を手にできないまま規制の日を迎えてしまった。規制に対する寂しさは認めつつも、さほど苦しんでいないかのような態度をとり、「正直、解放感があるよね」なんて軽い言葉を口にしていた。
本書の編著者である小松が沖縄で学生時代を送っていた頃は親交が深く、当時私が勤めていた環境調査会社で彼がバイトしていたこともあって、一時は毎日のように顔を合わせていた。
2022年の9月、ヤエヤママルバネクワガタに対する自らの取り組みに不足しているものを見つめ、内省を深めていた彼は、現場に向かう車内で延々とこの虫の話をしていた。ヤエマルに関心のない者もいる中で、ずっと同じ話を繰り返す彼に、私は苛立ちを隠しながらいつも通り兄貴分を気取った対応をしていた。その苛立ちの7割くらいは彼のTPOをわきまえない振る舞いに対するものだったが、残りの3割は、他のことを話題にできないほど西表島のヤエマルに没頭する彼への嫉妬と、本気になりきれない自分に対する情けなさによるものだった。
2023年10月17日、彼は野外レコード個体を手にした。翌日の夜、彼からLINEの通話がかかってきた。快挙を聞いた私がなんと答えたか正確には覚えていないが、まるで嫉妬なんて微塵もないかのような、わりと大人な対応をしたような記憶がある。もちろん、実際には嫉妬が首をもたげていたのだが、私は即座にその感情に蓋をした。
時は流れて2026年3月4日の昼頃、私の手元に本書が届いた。ちょうど虫屋の友人と通話中だったので、駆け足でページをめくりながら全体像を把握し、内容をただ素直に称賛し、書評のアイデアをヘラヘラと語った。
夜になり、泡盛を飲みながら、今度は文章の1行1行、写真の1枚1枚に至るまで丁寧に読み進めた。お酒の力を借りてようやく本心に向き合えた私は、この本に対する嫉妬を自覚した。
鼻をつまみたくなるような本、それが本当の印象だった。書評に書いたとおり、本書は西表島で過ごした日々の匂いを呼び覚ます。匂いは記憶を連れてくる。中途半端な取り組みで成果が出なかったことから、自分の中でさほど重要なことではないかのように思い込もうとしていた西表島のヤエマルが、本当は大きな存在だったことを否が応でも自覚させられる。
1プレート目には、私の手が届かなかった65 mm オーバーの個体がずらりと並ぶ。左上には、二傑と呼べる個体が図示されている。この2頭を見ていると、言い訳が次々に浮かんでくる。もっとああしておけば、こうしておけばと、後悔も湧いてくる。
本書が届く前日、私は虫屋の知人と回転寿司に行った。小松の話題になったとき「あいつは相変わらず思春期だからなあ」と笑っていた。自分は思春期をとっくに卒業した大人の虫屋だと思い込もうとしていた。
何が卒業だ。スッキリ卒業できていたら、デカくてカッコいいヤエマルの写真を前にして、こんなに多くの言い訳が浮かんでくるわけがないだろう。私は、いや俺は、全く卒業できていない。中退しただけだ。俺は年甲斐もなく、5歳下の著者たちに嫉妬している。いいかげんに認めろ。
本当にカッコいいヤエマルたちの図版に見惚れながら、我が身の不甲斐なさをようやく直視していると、酒を注ぐ手が止まらなくなってしまった。数々の失敗の末に「大人」な飲み方を心得ていたはずの私は、久しぶりにペースを乱し、深夜2時半を回る頃に計4回吐いてしまった。
酒が抜けた後、私はこの虫に全力を出せなかった理由を正直に認めた。半分は純粋に根気の無さだが、残りの半分は「本気を出したのに結果が出ないことが怖い」という情けない逃避だ。いわゆるセルフ・ハンディキャッピングってやつだ。 そして、小松たちに対する嫉妬を認めたくなかった理由は、嫉妬する程度には強い関心があることを隠したかったからだ。 「まあこんなもんかな」「まあこれくらいで十分かな」という態度で、結果が出ないことの痛みを軽減したかったのだ。
何年か前、競技プログラミング界隈の強い人から「限界を見積もる行為自体が限界を押し下げる」という旨の忠告を受けたことがある。私にとって競プロは本当に気楽なネトゲに過ぎず、競プロに関してこの言葉を真面目に受け止める気はなかったのだが、「ダイシ図鑑」を前に酔いつぶれた夜にふと思い出したあたり、ずっと喉の奥に引っかかっていたのだろうと思う。
私は気楽なネトゲに限らず、虫についてさえ、ヤエマルについてさえセルフ・ハンディキャッピングを繰り返してきたじゃないか。 恥じるべきは、小松たちに嫉妬したガキ臭い俺ではなく、嫉妬に蓋をして大人ぶって「あいつは相変わらず思春期だからなあ」と笑っていた私の方だろ。
現在執筆中の少し背伸びした報文を仕上げるとき、いつか分類学を学ぶとき、私はきっとまたセルフ・ハンディキャッピングでハードルを下げ、手を抜こうとする。そんな時は本書を開こうと思う。手を抜かずにヤエマルを追い続けた小松と満保が掴んだ本当にデカくてカッコいいヤエマルを前に、言い訳が溢れた夜を思い出そう。
31のオッサンがこんな青臭い文章を公開するのは非常に恥ずかしいのだが、もう手を抜かないように、抜けないように、ここに書き残しておく。
引用文献
青木淳一, 2011. むし学. 210 pp. 東海大学出版会, 東京.